例えば、人の寿命が80年だとすれば、おいらはもう折り返し地点を越えてしまったのだが、人生の節目というのは中年を迎えても次々と訪れる物なんだろうと思う。
高校時代仲の良かった仲間とも、卒業後次第に合う事も無くなって、いつの間にかどこで何をしているのかすら分からなくなってしまった。
しかし、このところどういう訳か色々な場所でばったり会ったりすることが多くなった。みんなそれぞれに人生を歩んできて、年を取って、久しぶりに行き会う友達はとても現状に充実している感じが伝わってくる。
ところが、おいらと言えば、まだまだ中途半端な人生を送っている。二十歳の頃と何も変わらない、成長しない心。体だけが歳を取って、老いていくのだが、心はちっとも成長しないんだ。40代は不惑なんて言うけれど、いつもいつも迷ってばかり。それというのもしっかりとした人生設計が出来てないからなんだろう。先人達が、大海原を航海する時に北極星を目安に進んだように、人生にも同じように指標をたてて歩んでいる人は、数々の転機が来てもぶれない。しっかりと自分を把握して歩いているように思うんだが。そう言う人たちを見て羨ましくも、尊敬するのであった。
そう言う昔の友達を、インターネットの世界はふとした偶然に彼らの出世を知らせてくれる事が或る。昨夜、別件で調べ事をしていた時、高校時代の友人がどういう経緯か専門学校の講師をしている様だと言う記事に行き会ったのだ。何か大きな貢献をした様で、某大手企業から表彰されている記事が紹介されていた。彼は確か高校を卒業した後、地元の大手企業に就職したように記憶しているから、その後、色々な転機の中で変わっていったのだろう。時々通勤電車で見かけるのだけど、なんだかこちらが恥ずかしくて(だっておいらはしがないサラリーマンで、彼は、パリッとしたエリートに見えるからね・・・服装が…。)「おまえ、誰だっけ?」なんて事になるとツライからねぇ(-.-;
きっと卒業後一旦は就職したものの、夢を実現させるためにずいぶんと努力したんじゃないだろうか?その道で努力した結果が、こうした感謝状として多くの人から認められる結果になって届いてくるのかもしれない。結局おいらは、どんなに立派な事を言っても(言ってないって(-.-;)平凡なサラリーマンに違いないのだから、お恥ずかしい限りです。一時はずいぶんと突っ走っていたんだけど、ちょっとした躓きが今の現実なんだと反省しています。
しかしだ、やっぱり転機は、年老いたおいらにも訪れるんだと信じているんで、まだまだ、人生があきらめきれないおいらなのよねぇ。(T.T)
さぁ、もう一がんばり、根性を入れ直して気張っていこう!


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